第三者意見

上智大学 名誉教授 上妻 義直

1. 移行計画の透明性向上

 JFEグループの2050年カーボンニュートラル戦略は、鉄鋼事業のCO₂排出量削減と削減貢献による社会全体のCO₂削減を主軸に構成されており、グループ各社による個別的な取り組みと洋上風力発電ビジネスのように各社協働の取り組みによって推進されています。これらは事業戦略と一体化した活動なので、必然的に財務的な影響を伴いますが、一般的に、移行計画の財務的側面が情報開示される事例はきわめて稀であり、気候情報と財務諸表の不整合となって社会問題化しているのが実情です。


 その点で、JFEグループが今年度から気候関連リスク・機会の財務的な影響を開示したことは、移行計画の透明性を大きく向上させる施策として高い評価に値します。これをさらに発展させて、気候投資に付帯する固定資産の減損や耐用年数の見直し等についても、財務諸表で早期に開示検討されることが望まれます。

2. 政策エンゲージメントの展開

 気候関連の政策エンゲージメントも一般的に社会的な開示要請が強かった情報です。政策エンゲージメントの構成要素には、これまでもサステナビリティ報告書で開示されてきた取り組み情報が多く含まれています。しかし、それらの取り組みをJFEグループの公共政策に対する関与責任として認識し、エンゲージメント活動として集約・公表したことが今年度の大きな評価ポイントです。現状で見ても、鉄鋼連盟、経済界、政府、海外へのエンゲージメントを通じて、気候政策の方向性に大きな影響力を行使してきているので、今後もそれらの継続的な推進が期待されます。

3. 環境パートの構成再編

 環境面でとくに印象に残るのが情報パートの構成再編です。これまでは環境マネジメントの技術的区分に応じて「有効資源活用」「汚染防止」に分類されていた情報が資源循環関連で「循環型社会の実現」になり、「水セキュリティ」「生物多様性」が自然資本関連で「生物多様性の保全」に再編されました。これらは単なる開示区分の変更に留まらず、環境マネジメントに対するJFEグループの意識変化を表象する変更として、意義ある改善になっています。

4. 今後の課題

 「重大災害ゼロ」を最重要目標に掲げる中で、2023年度も死亡災害が発生した事実は重く受け止める必要があります。巨額な投資を含めて強化中の安全対策も有効性を検証すべき状況なのかもしれません。また、男女の賃金の差異については、OECD平均値を下回っており、日本の平均値に達しない事業会社も存在しますので、女性管理職比率の向上を含めて、今後のさらなる改善が望まれます。

立教大学 21世紀社会デザイン研究科
特任教授
河口 眞理子

 この8年間JFEホールディングスのサステナビリティ活動の深化を観させていただいてきました。特に2021年に策定した「環境ビジョン2050」は、鉄鋼業として2050年カーボンニュートラル目標を掲げた大胆なもので、本当に可能なのかどうか当初は懐疑的な声もありました。しかし、2024年目標18%削減に対し今回2023年度で17%削減を達成しており、確実に2050カーボンニュートラルの経路に乗っていることが確認できました。ビジョンの柱①鉄鋼事業CO₂削減については、電気炉の導入や新技術実験炉の技術開発の着手など、実効性の高い取り組みが加速されて2030年30%削減の実現可能性が上がり、2050年ロードマップの説得力が増しています。同様に②の社会全体のCO₂削減貢献量も、2024年目標1200万トンに対し2023年度1,153万トンを達成、2030年目標2,500万トン達成の経路が見えきました。③の洋上風力発電事業、基礎・施行・運用・サプライチェーンと全段階でグループの総合力が試される事業で、先行的な取り組みは企業価値向上に直結するはずです。なお気候変動の適応策として防潮堤、砂防堰堤など防災関係の技術が紹介されていますが、グループ力としては洋上風力など大規模な緩和策と常に融合していく統合的発想を現場に落とし込めるような仕掛けの工夫を期待します。


 更に私が今回注目したのが、TCFDシナリオ分析の財務影響評価の試算開示です。試算とはいえ財務数字の開示は投資家の関心も高い分野です。世界的に標準化された財務評価手法が確立されていない現在、他社に先駆けた開示は気候変動対策への経営の強いコミットメントを示しており、継続的に気候変動対策で日本企業のリーダーの役割を期待しています。更に、この夏の猛暑の状況からも1.5シナリオと4.0℃シナリオを見直すことも検討すべきかもしれません。


 循環型社会と生物多様性の取り組みでもこれからは同様の強いリーダーシップを期待します。循環型社会の取り組みは、自社の廃棄物処理や水資源管理という伝統的なサイト内環境対策にとどまらず、ごみ処理発電やプラスチックリサイクルなどのJFEグループの強みが発揮しやすい分野です。サーキュラーエコノミーとは、自社内のごみ処理ではなく、ゴミという発想をなくした資源循環の構築です。特にアップサイクルはゴミや副産物から高付加価値の製品サービスを生み出す攻めの戦略としてエンジニアリング技術の活躍を望みます。


 生物多様性の取組について、LEAPアプローチに基づく評価の結果、鉄鉱石・原料炭の採掘時に自然環境資源への依存と影響の存在が報告されました。基本的に、鉱山開発・採掘は深刻な環境インパクトを生じるだけでなく、人強制労働、強制移住や住民の人権侵害に大きなリスクがあると認識されています。場合によっては採掘中断などの事業上のリスクにもなります。今後、生物多様性保全対策は気候変動対策並みの強化も想定されます。現在のビオトープなどの社会貢献的活動からはじまり、サプライチェーンを視野に入れた本業と結び付けた戦略の策定が必要ではないでしょうか。


 気候変動・資源循環・生物多様性は、地球上の環境課題を異なる側面から見たものですが同根です。いずれも、地球の物質・エネルギーの調和型循環のかく乱から生じています。それぞれの現象面では全く異なっていても同根だという発想をそれぞれの担当者がもち、関連部署のネットワークを強めることで活動の質的量的発展が加速するのではないでしょうか。


 OHGISHIMA2050はその統合シンボルとしてうってつけです。脱炭素型の新エネルギー供給拠点、リサイクル拠点の構想がありますが、2050年カーボンニュートラルおよび、ネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミーの統合的な実践と実験場へと育て上げることを期待します。


 以上の活動を実行していくには、縦割り組織を縦横斜めに柔軟に統合しネットワーク化して有機的に動かす発想とコミュニケーション力、供給側ではなく需要者側目線でのタイムリーな情報発信力と、実行力を高めるDX力などが求められます。その司令塔はAIではありえません。トップメッセージでは、人的資本の重要性を強調されていますが、こうした能力と意欲と実践力のある人材をいかに育て、使命感と喜びを持って働いてもらえるか、そうした人的資本政策が、サステナビリティの要になります。