第三者意見

上智大学 名誉教授 上妻 義直 氏

1. 持続可能な企業成長モデル

 本レポートで報告されている「JFEビジョン2035」および「第8次中期経営計画」の進捗状況からは、「2050年カーボンニュートラル」「循環経済への移行」「生物多様性の保全・自然再興」といった環境課題の本質が、事業活動の物理的な脱炭素化、資源循環の促進、自然資本との共生実現だけに留まらず、実は、そうした社会に適合する持続可能な企業成長モデルへの移行にあることを否応なしに理解させられます。気候変動対策だけで見ても、革新電気炉、水素直接還元、カーボンリサイクル高炉などを複線的に推進し、それらの実装に際して環境価値と経済価値の両立方針を明確化していること、GX投資の経済合理性を評価するツールとして内部炭素価格の導入を進めていること、さらには、GXスチール市場の拡大・整備に向けて、政策エンゲージメントを推進していることなど、環境課題は、経営戦略と一体的に取り組む方向性が随所で強調されており、それが持続可能な経済における同グループの成長戦略と密接に関わっていることを強く印象づけています。2025年度の環境面における大きな成果です。

2. 人材ポートフォリオ構築の目標強化

 社会面では、第8次中期経営計画で提唱された「経営戦略を実現できる人材ポートフォリオの構築」に関して、主要戦略である海外事業やDX推進に対応できる人材育成の2026年度目標が大幅に引き上げられました。また、DEIの推進では、男性育児休業取得率の2026年度目標も引き上げ対象になっています。いずれも人材ポートフォリオ構築に関するKPI管理の強化を示唆する目標変更であり、2025年度取り組みの評価ポイントになっています。

3. 機関設計の変更とガバナンス改革

 ガバナンス面では機関設計に大きな変更があり、環境課題への取り組みインフラである人的資本、技術開発、ガバナンスの一体的な強化を目的として、監査等委員会設置会社への移行が行われています。また、これを受けて、経営の意思決定を迅速化する観点から、取締役会付議基準およびその運営を見直すとともに、ホールディングス・事業会社にCCO、事業会社にCFO・CTOを設置して、ガバナンス体制の大幅な強化が図られました。これも2025年度の成果です。

4. 今後の課題

 集計範囲の拡大・補正が進む環境データと比較して、社会データの多くは依然として単体ベースでの集計に留まっており、その是正が懸案事項になっています。サステナビリティリスク・機会と財務諸表の「つながり」を明らかにし、長期的な価値創造プロセスの実態を適正開示するために、財務・非財務データの報告バウンダリーを早期に整合化することが求められます。また、人権問題でもある労働災害については、休業度数率(KPI)が経年的に一部未達な状況を継続中なので、より有効性の高い対策の検討が望まれます。

立教大学 社会デザイン研究科
特任教授
河口 眞理子 氏

 今年で第三者意見を述べさせていただくのは10回目になります。10年ひと昔といいますが、これはサステナビリティの諸課題がグローバル経済・経営の課題として組み込まれていった画期的な10年に重なります。その中でJFEグループは先導役を担ってこられました。先駆的なTCFDの開示から始まり、カーボンニュートラル(CN)を目指す超長期目標の『2050年ビジョン』、実現を支える戦略「CN技術開発のトップランナー」を目指す『2035年ビジョン』、日々の事業に組み込む戦術としての中期計画。


 目標、戦略、戦術の3層構造を効果的に機能させ、鉄鋼事業及びさまざまな社会インフラの脱炭素化、循環型化を着実に進められてきました。私も当初はムーンショット的目標の実現性を信じきれない部分もありましたが、革新電気炉、水素還元製鉄、カーボンリサイクル高炉など難易度の高い技術に着実に投資して技術開発をすすめ、2035年ビジョンのGHG排出量も、中期計画では目標を上回るペースで削減する実績も積み上げておられています。炭素同様に、再資源化・リサイクルの実績も概ね順調につみあがっているのも心強いです。


 さらに、今年のトップメッセージで北野社長は、「社会課題への挑戦こそが存在意義」「脱炭素、循環型経済への移行、生物多様性保全・自然再興といった環境課題は、将来の事業基盤であり、持続可能な成長と企業価値向上を支える重要な経営戦略である」旨明言されました。そうなると、企業価値に直結する事業展開が重要になります。それを裏書きするのが、新中期経営計画で3分野への取り組みを明記したこと、技術開発の推進を強化するため新たにCTOを事業会社に設置したことと考えます。


 報告書ではTCFD、TNFDにもとづきバリューチェーン上の具体的な気候変動、生物多様性リスクと機会を事業会社ごとに詳細に記載しているのは全体像と具体的取り組みを把握するのに役に立ちます。また短期と長期の内部炭素価格使用状況の開示は、環境制約を実際に経営に統合していることを示唆します。投資家にとっては経営的リスクや機会を把握できますし、社員にとっては、抽象的でもある環境経営に自分の業務がどのようにつながるのかを示すガイドともなり、モチベーション向上につながることを期待します。


 生物多様性の取り組みも、水資源のリスクを重要課題と認識し、自然災害激甚化への備えの喫緊性、ネイチャーポジティブに資する技術の開発に注力する姿勢が明確になりました。拠点ごとに、その土地や事業の特徴を生かした多様な生物多様性保全の取り組みが着実に行われているのも、現場で生物多様性が自分事化されている査証でしょう。


 一方で、この夏のネパールの氷河溶解による大洪水や日本各地における豪雨災害の頻発などの気候災害、またホルムズ海峡閉鎖などの地政学リスクによる資源制約の問題は、昨年より深刻度が一段と増しています。また国家のエネルギー・資源安全保障の面からも社会の脱炭素、資源循環型事業への期待度は上がっており、長期ビジョンの実現努力が、社会の喫緊の要請に重なります。また防災対策は気候変動の適応策として、これから緩和策以上に緊急性が高まると思われますが、一方で、地球は炭素生産性の向上ではなく絶対的な炭素排出の削減を求めています。


 そこでJFEグループに期待したいことは、脱炭素化の加速と、気候変動+資源循環+生物多様性のさらなる融合です。GXスチールのみならずプラスチックなど再生資源や森林・湿地などの自然資本を統合的に活用したグリーンインフラシステムの開発。鉄という鉱物資源と、木材や植物などのバイオ資の強みを融合させ、先住民や先人の知恵も活用したレジリエントなインフラ。


 今回の報告書で分析した環境関係のリスクや機会で評価が中あるいは小になっているものも、自然環境の激化が今後も進む前提で、今後評価が変わっていく、特にリスクが大きくなることが懸念されます。開示された炭素価格の見直しも含め柔軟に対応する姿勢が望まれます。


 ステークホルダーエンゲージメントでは、各ステークホルダーの取り組み状況が示されています。この中でサプライチェーンは直接の取引先の取り組みが記載されています。一方、サプライヤーむけ人権研修を行い、人権救済メカニズムについても外部団体と連携して対応を始めています。であれば、サプライチェーンのステークホルダーの一覧にこうしたサプライチェーン上流の労働者、地域住民、先住民も対象に統合的に取り組んではいかがでしょうか。


 人的資本開示においては、エンゲージメントサーベイの分析結果にもとづく改善施策の実行をされています。制度改正で対応できるものから、意識や風土改革と息の長いものまでさまざまな施策が提案されています。息の長い取り組みとしてじっくり進めていただければと思います。


 昨年「サステナビリティ配慮と企業価値向上両面を理解し、仕事に落とし込んでいける人材が多数輩出されることを期待します」と書きましたが、今回、技術や生物多様性のプロジェクトの事例からは、現場の皆さんが楽しく工夫しながら活動している姿が浮かんできます。トップから現場まで一人一人が自分のミッションとして、安心・安全で地球と調和した持続可能な社会インフラ作りに邁進されていくことを期待しています。