第三者意見

立教大学 社会デザイン研究科
特任教授
河口 眞理子 氏
早いもので、第三者意見を述べさせていただくのは今年で9回目になります。初回からJFEグループは気候変動対策において一足早く野心的な目標をたて、それを着実に実行され日本産業界のけん引役を果たされてきたと理解しています。会社としての決意のほどは毎年のトップメッセージから読み取とってきました。年を追うごとにその真剣度が増していると感じてきましたが、今年は経営のコミットメントが一段ジャンプしています。北野社長の「地球温暖化の波が差し迫ってきていると感じており、気候変動問題への取り組みは最重要課題であることは疑いようもありません」には強い覚悟が感じられ、4兆円規模の投資が必要という経営判断は非常に説得力があります。9年前であれば、投資家には歓迎されない経営戦略であったでしょう。
世界的に加速している猛暑、豪雨、干ばつ、山火事などの気象災害をうけ世界では気候変動によるものだというメッセージが増えています。一方国内では異常気象を気候変動と関連付ける論調があまり見られない中で、このトップメッセージはインパクトがあります。
なお昨年指摘させていただいた循環型社会の実現、生物多様性の保全の取り組み強化について、今年大胆に体制を強化されたことは頼もしいと思います。昨年の「循環型社会の取り組み」は、「循環経済への移行」と名称をかえています。これは経済システムの転換にむけグループ全体で組織的包括的に取り組む意思表明と受け止めました。エンジニアリング事業での廃棄物の再資源化、燃料化事業は循環経済の要となるインフラ的事業であり、併せて効率的に物資と情報を循環させる商社の役割も不可欠です。2025 年4 月から稼働した使用済みプラスチックのマテリアルリサイクル・ケミカルリサイクル事業は、本格的なマテリアルの循環であり、2024年11月稼働した食品リサイクル発電プラントはエネルギーの脱炭素化にも貢献するウインウインの事業です。なお、製鉄事業において工場から発生する副生物のリサイクル化も重要と考えますが、そもそも鉄自体が再生型資源であり、高炉から電炉への転換を進める中で、製鉄事業全体が循環型ビジネスの要となり得ます。鉄鋼製品を起点として循環経済を俯瞰してみてはどうでしょうか。
生物多様性の取り組みでは基本方針を新たに定められました。つかみどころのない生物多様性保全の取り組みがシステム志向で行われるようになると期待します。鉄鋼業は生物多様性とは距離があるように思われるかもしれませんが、事業のためだけでなく、生命そのものが生物多様性に依拠していることを忘れてはいけません。特に地中から鉄鉱石や石炭を掘り出し、地上を改変して大きなインフラを構築するJFEグループの事業は、必然的に生物多様性に大きなインパクトをもたらしています。今年はLEAPアプローチの評価の精度が増しています。生物多様性の可視化が進むことにより、まずは社内への浸透を期待します。また社内のサイトだけでなく原料の調達先の水リスクや生物多様性の保全の重要度なども評価されたことは大変重要です。自社だけでなくサプライチェーン全体での取り組みがなければ生物多様性の保全は図れません。さらに原料調達地域は人権リスクも同時に高い地域です。生物多様性と同時に人権リスクも統合して評価することをお勧めします。
また「ひと」に関しては新たに人財戦略の全体像を明示されました。役員報酬でのESG業績評価に従業員エンゲージメントに関する指標を加えたことは、人財戦略の実効性を高めるはずです。グループ全体で、サステナビリティ配慮と企業価値向上両面を理解し、仕事に落とし込んでいける人材が多数輩出されることを期待します。国内でも気候変動による自然災害の激化、また全国各地で熊が出没するなど生態系のバランスが激変しつつあります。JFEグループの果たす役割と期待は一段と大きくなっています。
上智大学 名誉教授 上妻 義直 氏
1. 新たなマイルストーン
鉄鋼事業の脱炭素化を重要な経営課題と位置づけるJFEグループは、2025年5月に「JFEビジョン2035」を策定し、2035年を2050年カーボンニュートラル(CN)の実現に向けた新たなマイルストーンとして設定しました。「JFEビジョン2035」は、同グループが将来的にありたい姿を示す長期ビジョンですが、その内容は気候移行計画と密接に関連しており、2035年を目標達成年度として、その頃までにCN実現に必要な超革新技術を開発完了し(行動計画)、さらには、CN化に必要な設備投資資金の裏付けとなる事業利益(セグメント利益)を7,000億円規模に拡大する(資金計画)、という2つの計画を含んでいます。
これによって、行動面では、超革新技術の開発完了後、速やかにそれを実装した大規模プロセス転換でCN実現へ向かう道筋が明確になり、また、資金面では、経済的に持続可能なビジネスモデルの確立で安定的な事業収益を確保する成長戦略が打ち出されて、気候移行計画の具体性・合理性により説得力を与えています。
2. 自然資本マネジメントの進化
2025年度から始動した第8次中期経営計画では自然資本マネジメントに注目すべき進化がありました。まずは、その基本方針を定めたこと、さらに、これまでの「生物多様性の保全」に加えて「自然再興」の視点を組み込み、生物多様性を「保全」するだけでなく「育む」方針を明示したことが大きな評価ポイントです。また、開示面でも、LEAPアプローチによる広範かつ詳細なリスク・機会の評価結果が報告されており、ステークホルダーがJFEグループの自然資本マネジメント戦略を理解するのに重要な手がかりを提供しています。
3. 経営戦略と連動した人財戦略
第8次中期経営計画では、企業成長の原動力を人材に求めて、人的資本マネジメントの構造的な見直しを図っています。その基本理念は「会社の成長」と「社員の成長」が連動して経営戦略を実現する仕組み作りであり、構造的には、経営戦略の実行を支える「人材の量的確保施策」とDEI推進や働きやすさ・やりがいのある職場環境の整備による「人材能力の質的向上施策」から構成されています。これらはいずれも社員の労働意欲や能力・スキルを向上させる効果が期待され、人的資本マネジメントの合理的な改革に資すると考えられます。
4. 今後の課題
死亡災害がゼロであったことは大きな成果ですが、休業災害件数は増加しており、とくに請負会社従業員で増加している点が気がかりです。より一層の安全対策が望まれます。また、有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示が進む中で、社会データの報告範囲は、依然として大半が財務データと整合的でない状況にあり、今後に改善余地を残しています。