CEOメッセージ(統合報告書より)

カーボンニュートラル時代の到来に向けて盤石な基盤を構築し、社会の持続的発展と人々の安全で快適な生活のために「なくてはならない」存在を目指します。
JFEホールディングス株式会社
代表取締役社長(CEO)
北野 嘉久
DETERMINATION:社長就任にあたっての思い
2024年4月、JFEホールディングスの社長に就任しました。これまではJFEスチールの社長として、鉄鋼事業を統括する立場でしたが、今後は、鉄鋼事業、エンジニアリング事業、商社事業を成長に導き、新たな企業価値を創造していきます。
JFEグループは、2021年度から4年間の第7次中期経営計画を通じて、持続的成長のための強靭な経営基盤の確立と、新たなステージへの飛躍を目指して、必要な施策に大胆に取り組んできた結果、厳しい事業環境下でも安定して収益を上げる体質に生まれ変わりつつあります。
これから私たちが長期的に目指す姿を考え、成長に向けた目標、ビジョンを示すことが私に課せられた責任です。各事業会社がそれぞれの優位性を発揮し、グループの総合力で厳しい事業環境を乗り越え、グローバル競争を勝ち抜いていくため、多大なるご支援をいただいているステークホルダーの皆様と、構造改革の現場で苦しい思いや努力をした社員たちにとって、魅力ある会社、夢のある会社にしてまいりたい、そう決意を新たにしているところです。
MOTTO:「自ら考え、自ら語り、自ら行動せよ」、目標は高く
私には、仕事をする上で大切にしている言葉が2つあります。一つは、「自ら考え、自ら語り、自ら行動せよ」という言葉です。1982年に当時の川崎製鉄に入社して以降、その大半を製鉄所の製造現場で生産技術の開発に携わってきましたが、駆け出しのエンジニアの頃に上司から言われた言葉で、その後の信条となっています。もう一つは、松下電器産業(株)(現パナソニックホールディングス(株))の創業者である松下幸之助氏の「何としても二階に上がりたい、どうしても二階に上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段を作り上げる。上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からは、ハシゴは生まれない」という言葉です。そこには高い目標設定(二階に上がりたい)と、何としてもやり抜く(どうしても二階に上がろう)という強靭な意志が込められています。課題に立ち向かう時、これらの言葉を思い起こします。
製造部長時代、1トンでも多く鉄を作ろうという好況な時代でしたが、ある時、それまで聞いたこともないような高い目標生産量を当時の製鉄所長から提示されたことがありました。私はなぜその目標の達成が必要なのか突き詰めて考えた上で、製造現場のリーダー全員を集めて、自分の思いを話しました。すると各自が、どうすれば達成できるか、自らがやるべきことを考え、実践してくれました。そして数カ月後には奇跡と言われたほどの月間生産記録を達成できたのです。さらに、その過程で現場が抱えるいくつもの課題が明確になり、それらに取り組むことで組織も成長を遂げ、その後の設備改造や新規設備の建設につながり、現在でも屋台骨と言われる工場としてJFEスチールの収益を支えています。
2019年、JFEスチールの社長に就任してすぐに、大きな課題に直面しました。最初の2年は赤字となりJFE発足以来の窮地に立たされたのです。この時期は、国内粗鋼生産能力3,000万トンを目指し、能力増強、機能維持の投資を継続していましたが、中国鉄鋼メーカーの台頭の結果、海外市場における汎用品分野の競争激化によって収益を上げられない事態に陥っていました。厳しい外部環境にあっても、収益を安定的に上げ、さらに成長していける会社にするにはどうすればよいかと考え抜きました。そして、より高い目標設定と強靭な意志をもって行動すべきであると、第7次中期経営計画(2021~2024年度)において「量から質への転換」へ大きく舵を切ることを決断しました。
RESULTS:鉄鋼事業の構造改革を完遂
グループ連結事業利益
(鉄鋼事業棚卸資産評価差除く実力損益)
第7次中期経営計画では、海外市場での競争激化や将来的な内需の減少へ対応するため、国内の生産体制の見直しに着手し、千葉地区の缶用鋼板設備休止や京浜地区上工程休止など、製造ラインの集約を含めた生産体制の見直しを断行しました。雇用は守るという大前提は堅持しましたが、従業員の配置転換も進めざるを得ず、経営者として苦渋の選択でした。
同時に、限られた生産能力の中、高付加価値品の販売に注力し、高付加価値品比率とトン当たり利益をともに高めてきました。その一環として、自動車用超高張力鋼板(ハイテン)や電磁鋼板、あるいは高強度、高耐食性、大単重の厚板などの新製品の開発も加速しました。
さらに、製造業の基本である安定供給を果たし、製造実力を向上させるため、新しいデータサイエンス技術を取り入れたサイバー・フィジカル・システム(CPS)※を実装化し、着実に効果を上げています。
これらの施策により、厳しい事業環境下でも一定の収益を安定的に確保できるようになりました。2024年度は、上期での一過性の需要減等の影響もあり、第7次中期経営計画に掲げた鉄鋼事業のセグメント利益目標(棚卸資産評価差などを除く実力損益)の2,300億円には届かない見通しですが、トン当たり利益目標の10千円は確保できる見込みです。一方で、エンジニアリング事業や商社事業においては、両事業合わせて700億円規模のセグメント利益を安定して出せるようになってグループ収益を支えており、2024年度の連結事業利益(棚卸資産評価差などを除く実力損益)は3,080億円を計画しております。
- ※フィジカル空間(実際の設備や製品)に関する莫大なセンサー情報(ビッグデータ)をサイバー空間に集約し、これを各種手法で解析した結果をフィジカル空間にリアルタイムにフィードバックすることで価値を創出するシステム
VISION:これからのJFEグループのビジョン
外部環境に左右されない経営基盤は整いつつあり、新たなステージへ飛躍するための準備ができたと考えています。来るべきカーボンニュートラル時代を乗り越えるための盤石な基盤を作り、その先の持続的な成長を実現すること、これが私たちJFEグループの目指す姿だと考えています。
私たちのやるべきことは、第一に、グループ事業利益倍増を目指し、将来の成長のための投資を進めていける財務基盤を作ることです。鉄鋼事業では、カーボンニュートラルに向けた製造プロセス転換に必要な設備投資額は2030年までで1兆円規模になると想定しています。実装化のためにはさらに巨額の投資負担が必要となってくるため、現在の収益レベルではとても足りません。事業利益を倍増する目標を掲げ、競合する鉄鋼メーカーに勝る世界最高レベルの収益性を実現したいと考えています。今後、事業会社ごとに成長分野や成長地域を見定め、経営資源を投入し、攻めの投資による企業価値向上を図っていきます。
第二には、カーボンニュートラルを達成するため、2030年代半ばまでにカーボンリサイクル高炉や水素による直接還元製鉄といった超革新技術の開発を完了させることです。この技術的チャレンジは高い目標ではありますが、社員にはその夢を実現する意欲と気概を持って取り組んでもらいたいと思います。私たちは、この領域で勝たなければなりません。勝てばチャンスが広がり、先行者利益を獲得できます。カーボンニュートラルに向けた技術開発のトップランナーになることが、その先の成長のため、地球環境のため、私たちが成し遂げなければならない大きな目標なのです。
OUTLOOK:事業別の展望
鉄鋼事業においては、量から質への転換をさらに進め、高付加価値品比率を高めていきます。海外市場では、従来、中国、ASEANを主体に展開してきましたが、今後は将来の鉄鋼需要の伸長が期待でき、かつ当社グループの得意とする高付加価値品を活かせる地域に注力していきます。具体的にはインド、インドネシア、北米、豪州などへの展開を強化していく考えです。さらに、中東地域では、石油に代わるビジネスとして太陽光発電などの再生可能エネルギーあるいはCCUSなどが伸びていくとみられることから注目しています。
エンジニアリング事業では、サーキュラーエコノミーに関連した事業に力を入れていきます。カーボンニュートラル時代を迎えるにあたり、サーキュラーエコノミーは今後の当社グループの成長を担う重要なファクターの一つです。サーキュラーエコノミーには「リサイクル」「リユース」「リデュース」の3大要素がありますが、エンジニアリング事業では、「リサイクル」「リユース」関連事業として、ごみなどの廃棄物を資源として有効利用する廃棄物発電や、再生可能エネルギーで電力供給するビジネス、回収したペットボトルを再生するビジネスなどを展開しています。これらは今後も需要が伸びるとみており、海外での拡充を含め収益拡大を目指していきます。なお、鉄鋼事業においてもインフラの長寿命化に貢献する耐疲労鋼や、自動車の軽量化に貢献する超ハイテン材などの高機能鉄鋼製品の供給によって社会の「リデュース」を推進するなど、グループ全体でサーキュラーエコノミーの実現に取り組みます。
商社事業では、事業の特性としてアンテナを高く張り巡らし、さまざまな領域に事業展開しているため、多様な情報を入手・活用することで、サプライチェーンのさらなる拡充によって事業利益の拡大を図ってまいります。またグループ以外との取引拡大にも取り組んでおり、米国や豪州では現地の建材加工会社を買収するなど市場開拓を図ってきました。今後も重点投資地域での事業化を加速して事業収益の拡大を進めるなど、引き続き、M&Aを含めたさまざまなビジネスチャンスを探索していきたいと思います。
造船事業のジャパン マリンユナイテッド(持分法適用会社)は、洋上風力発電に資するSEP船※や、艦船、氷海船舶などの付加価値の高い製品を得意としています。造船事業は、円安や船舶需要の回復などの外的要因が追い風となり、2023年度は黒字転換し、2024年度も黒字の計画です。今後、同社の強みを活かしながら外的要因に左右されない経営基盤をどう確立していくのか検討していきます。また、浮体式洋上風力発電の開発を進め、国のエネルギー政策に貢献していきます。
鉄鋼事業・エンジニアリング事業・商社事業の収益力強化に加え、構造改革後の京浜地区の土地活用を4本目の新たな収益の柱と考えています。南渡田地区と扇町地区の解体工事を開始し、約400haに及ぶ大規模土地活用転換の先鞭となる事業が始まりました。南渡田地区については事業パートナーとともに研究開発拠点として整備を進めていきます。また扇島地区は、国が支援する大規模水素サプライチェーン構築に向けた実証事業の受入基地として水素供給拠点の形成を進めていきます。また、事業利用として再生可能エネルギー発電・蓄電・CCUS・データセンターなどを近隣企業とも連携して検討していきます。
これらの事業戦略を確実に実行する上で支えとなるGX、DX、人財の分野に経営資本を投入し、今後の成長を確実なものにしていきます。
- ※自己昇降式作業台船。着床式洋上風力発電用の風車を建設するための作業船
GX STRATEGY:GX(グリーントランスフォーメーション)への挑戦
地球温暖化防止のためにCO₂排出量を削減することは世界共通の課題です。私はこの課題に挑戦していくことが、JFEグループが「なくてはならない」存在を目指すことにほかならないと考えています。
鉄鋼事業では、2050年カーボンニュートラル実現に向けて超革新技術の開発を進めていくことと同時に、その開発が完了するまでのトランジション期においても、グリーン鋼材の供給量を増やしていくことが重要です。特に高付加価値品のグリーン化を進めることは、日本の産業界の国際競争力を高める上でも重要な戦略だと考えています。例えば、もしカーボンニュートラルな自動車用鋼板を大量供給する体制を構築できれば、世界的にも競争力のある鉄鋼事業となります。まずは倉敷地区に電気炉を導入し、高付加価値グリーン鋼材の供給体制を整えることで大きく前進します。
一方、国内ではまだグリーン鋼材の環境価値は十分認知されていないと言わざるを得ません。今後、政官民一体となって、グリーンであることの価値を評価するとともに、社会全体でのコスト負担を実現することで、カーボンニュートラル社会を作り上げていくことが肝要です。日本の製品が品質と環境の両面から世界をリードすることが、日本経済の発展に資すると考えています。
エンジニアリング事業では、日本のエネルギー施策に貢献できる洋上風力発電事業、廃棄物発電事業、CCUS事業に取り組んでいきます。洋上風力発電事業では、日本最大のモノパイルサプライヤーとして笠岡モノパイル製作所の運営、洋上風力発電所のO&M(オペレーション&メンテナンス)、浮体式洋上風力発電の研究開発を推進します。廃棄物発電事業では既に全国11カ所、海外で2カ所が稼働中であり、今後も海外設計拠点の活用、部品調達の多様化、多国籍化、デジタル技術を活用したO&Mに力を入れ、世界的にも競争力のある事業として注力していきます。
DX STRATEGY:DX(デジタルトランスフォーメーション)で次なるステージへ

これから人材の確保が非常に困難な時代になってくることは間違いなく、DXを活用した労働生産性向上は製造業が果たすべき課題です。
当社は、ロボット導入、遠隔・自動化、AI・IoT活用など新しい技術を取り入れた既存業務の変革や革新的な労働生産性向上と、開発技術を活用した新たなビジネスモデルの創出を軸にDXを進めています。
鉄鋼事業では、他企業に先駆けて基幹システムのメインフレームからクラウドへの全面移行を2025年度に実現しようとしています。従来それぞれの製鉄所・事業所で作り込んできた多岐にわたる技術・ノウハウは当社にとって誇るべき宝です。クラウド上に私たちの有するすべての技能、技術、データを蓄積したプラットフォームを構築することで、高度なデータ活用が飛躍的に進み、多様な業務改革に取り組むことが可能になります。さらに当社技術・ノウハウを他の製造業に提供するソリューションビジネスにつなげることができるなど、今後夢が広がる分野の一つです。
また、鉄づくりで培った設備保全や作業負荷低減などのノウハウから、幅広い企業でソリューションとして役立つソフトウェアやロボットの提供も始めました。エンジニアリング事業では、プラント向けにAIを活用した省エネ運転や完全自動運転を目指したシステムの開発・実証を進めています。商社事業と連携し洋上風力分野向け統合管理システムの遠隔運用を可能とするなど、今後、グループの強みを活かした新たなDXを推進していきます。
HUMAN CAPITAL:今後のグループを担う人財
ここまで述べてきた戦略を推進するためには、人財がますます重要なファクターとなってきます。変革の時代にあって、人財こそが企業成長の原動力であり、私は、JFEグループは人を大切にする会社、個人の特徴を活かす会社でありたいと心から願っています。そのためにも、人材獲得・育成、エンゲージメント向上にも注力し、人的資本経営に対する投資も拡大していく考えです。
新しい領域への進出や収益倍増の達成といった変革を進める上では、さまざまな価値観や考え方がぶつかり合うこと、すなわちダイバーシティ&インクルージョンによって、新しい発想や解決法が生まれてくることが重要な役割を果たします。そのためにも一人ひとりの個性・関心をしっかり伸ばす人材育成方法を取り入れ、業務を構築していくマネジメントが必要になります。例えば、鉄鋼事業、エンジニアリング事業では社内公募制度を導入しており、事業部でこのような人材が欲しいという時には、それをオープンにして社内で募集をかけ、ジョブマッチングで異動できるようにしています。公募する立場にある事業部にも、高い目標に到達するために、何が足りないのか、どのような人材が欲しいのか、突き詰めて考えることを強く求めています。
当社は、企業理念「JFEグループは、常に世界最高の技術をもって社会に貢献します。」のもと、「挑戦。柔軟。誠実。」の行動規範に則り、グループの中長期的な持続的成長と企業価値向上の実現に向けて、社員が勇気を持って挑戦し続けることができる環境を整えてまいりたいと考えます。かつての私が高い目標を達成した際に喜びを感じたように、一人ひとりが夢を持って挑戦できる企業文化を築き、次のJFEグループを担ってもらう所存です。社員がいきいきと働き、また新しい人たちが入りやすい、魅力ある会社としてJFEの名を広く知ってもらうこと、これも私の重要なミッションです。
CONCLUSION:ステークホルダーの皆様へ

鉄は、社会の豊かな未来にとって必要不可欠な素材です。地球環境を守りながら、鉄という素材を通して社会に貢献していくこと、こうしたカーボンニュートラルに向けた流れは、私たちにとってピンチではなくチャンスです。事業を通して地球の未来を豊かにし、私たちもさらなる成長ができると確信しています。
JFEグループは、量より質を重視した経営に徹するとともに、カーボンニュートラル社会に貢献できる技術の開発を加速させていきます。これによって、JFEグループの存在意義である、社会の持続的発展と人々の安全で快適な生活のために「なくてはならない」存在を目指して邁進する決意です。ステークホルダーの皆様には、こうした私たちの考え方と行動をご理解いただき、今後のJFEホールディングスにご期待いただきたいと思います。
代表取締役社長(CEO)