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第三者意見

上智大学 名誉教授 上妻 義直 氏

上智大学 名誉教授
上妻 義直

1. 移行計画の進捗

JFEグループでは、移行計画を実行フェーズに移し、複線的な脱炭素施策がダイナミックに進められています。移行計画の中核である鉄鋼事業の脱炭素化では、2022年度削減実績が2013年度比で13%減となり、2024年度に18%減を目指す短期目標の達成が視野に入りました。2030年度に2013年度比で30%以上を削減する中期目標では、転炉でのスクラップ使用量拡大や電気炉の増強・新規導入等で低炭素鉄鋼プロセスへの移行が着実に進捗しており、直接還元鉄の海外調達を可能にするサプライチェーンの整備計画も、他社との協業体制を構築して進展中です。また、長期目標である2050年カーボンニュートラルでは、超革新技術であるカーボンリサイクル試験高炉等の建設が始まりました。

2023年度でとくに注目したい取り組みは、上期に供給開始したグリーン鋼材「JGreeX」です。これはCO2削減量の第三者認証済み原材料であり、バリューチェーン下流のスコープ3排出量削減に寄与する削減貢献製品として、ユニークなブランドに成長する可能性を秘めています。

移行計画がこのように迅速かつ包括的に進められている事例は、まだ産業界全体でもそれほど多くありません。JFEグループの先進的な気候マネジメント成果として高く評価いたします。

2. 生物多様性リスクの評価

環境面では生物多様性に関する取り組みも一段と強化されています。2023年度からはTNFD推奨のLEAPアプローチを適用して、生物多様性リスクの科学的根拠に基づいた体系的評価が試行されており、サプライチェーンにおける生物多様性リスクを効果的に管理するマネジメントツールとして、今後の本格的な運用開示が期待されます。

3. 人権デューディリジエンスの推進

社会面では、2023年4月にグループ人権基本方針が大幅に改正されて、人権デューディリジエンスの運用を基調とした人権リスク管理体制の整備が進められました。これも評価すべき成果です。現在は人権リスクの特定・評価範囲の拡大が進行中であり、グループ会社全体とサプライヤーを管理範囲に含める方向での取り組み強化が図られています。人権リスクが企業成長の阻害要因とならないように、今後とも継続的な改善が望まれる分野です。

4. 今後の課題

労働災害KPIの経年的な目標未達には改善の余地があります。関係部署は労働災害の撲滅に向けて日々尽力されているものと拝察いたしますが、状況の改善には抜本的な対策の再考が必要かもしれません。また、当該KPIや障がい者雇用率を含む、いくつかの重要な社会指標については、集計範囲の拡大が課題として残されています。

 

 

立教大学 21世紀社会デザイン研究科 特任教授 河口 真理子 氏

立教大学
21世紀社会デザイン研究科 特任教授
河口 眞理子

この7年間JFEホールディングスの活動の進化するプロセスを進行形で拝見させていただきました。今回の報告書では脱炭素の取り組みがグループ全体の事業戦略として、事業現場において自分事として浸透してきたことがうかがえます。

まず心強いのは「2050年カーボンニュートラル」目標の実現可能性にむけての努力が読み取れることです。短期・中期・長期と複線的にそれぞれすべきことを明確にしたロードマップを作成し、それを着実に実行に移しているのは頼もしいです。短期の「2024年度までに18%削減目標」に対しすでに既存施設における省エネ・技術開発によって13%削減を達成し、同時に電炉への転換やスクラップ使用拡大、電炉の高効率化などの取り組みに着手されたことから中期目標「2030年30%以上削減」が射程圏にはいったことと理解しました。さらに2050年のカーボンニュートラル目標のため、カーボンリサイクル高炉・水素製鉄など革新的技術については試験炉工場建設着手という具体的な取り組みも報告されています。またそれぞれの取り組みの拠点も国内にとどまらず、海外の拠点やパートナーとの連携が多くみられ、地域・ステークホルダーの広がり厚みが出てきました。まだ多くの人にとり抽象的な「2050年カーボンニュートラル」がJFEグループにおいては具体的な未来だということが浮き彫りになりました。

製品や仕組みでも面白い取り組みが目につきました。23年度から供給が始まった「JGreeX」は、自社のCO2削減量をマスバランス方式で割り当てたCO2フリーの認証グリーン鋼材で、自社のCO2削減量がグリーン製品として「見える化」される面白い仕組みです。さらに、船舶用鋼材とすることで、自社の材料運搬用船舶に使う仕組みも示されています。自社のサプライチェーン全体の脱炭素化に自社の取り組みが貢献する、循環型で効果が発揮される画期的なビジネスモデルです。

また、ブルーカーボンクレジット認証を得た藻場醸成用鉄鋼スラグや、省エネ商品に利用される電磁鋼板、風力発電、PETリサイクル事業など、非常に幅広い分野で多くの環境配慮型製品やプロジェクトが紹介され、それらの多くが、自社だけでなく国内外の企業や研究機関、NGO、自治体など幅広いステークホルダーとの協働の成果です。SDGsの求めるパートナーシップで、アウトサイドインアプローチでの課題解決を現場発で実践されています。高炭素産業である鉄鋼業の明確な脱炭素戦略と事業化は、他の産業や経済全体の脱炭素化の推進役となると期待します。

また、気候変動の適応策については、異常気象の多発により防災対策への関心・必要性が急増しています。自社の防災対策の充実だけでなく、風水害に強いリジリエントな素材インフラの社会ニーズはますます高まります。現場発想でのユニークな技術や製品開発を期待します。

といいつつも、昨今の異常気象状況をみると4.0℃シナリオどころか1.5℃シナリオでも厳しい気象状況が想定されます。シナリオを見直し、活動を加速化させることも検討ください。

生物多様性では、「あいち生物多様性認証」取得など国内各拠点での生態系保全の取り組みが多いですが、注目すべきはTNFD開示にむけた機会とリスク評価。生物多様性のリスクはまだ社会一般に認知されておらず、鉄鋼業の場合気候変動問題と比べて本業での距離があります。しかし、鉱山開発・採掘は専門家の間で、従来から生態系破壊・汚染・人権侵害の元凶と認識されてきました。今回の鉱山のリスクと機会の調査は、本業の中に生物多様性を組み込む重要なステップです。この領域でも今後取り組みを加速させTCFDと同様TNFDでも是非リーダーとなることを期待します。

社会的側面において、2021年度から人権DDの取り組まれていることは評価されますが、人権リスクマップは先述した鉱山リスクを勘案すると、更なる精査が必要になると考えます。また今回新たに「人的資本」を新設されました。人事政策ではなく人的資本と明記されたことの意味は重いです。「人的資本」とは将来リターンを生み出す原資です。そのための投資はどうあるべきか、ということを、従来の人事管理の枠と離れて検討されることを提案します。まずは気候変動での戦略的なロードマップと同様の中長期戦略を人的資本においても策定されてはいかがでしょうか。

毎年報告書を拝見する中で、着実にサステナビリティを、経営と事業活動に取り込む進化を目の当たりにしています。それゆえ、報告内容の幅も深さも広がっています。経営戦略としてのポイント、長期的な目標と報告年度の実績を一覧表にまとめ、製品や技術の情報はカテゴリーごとのデータ集とするなど、多層的に整理をされると、骨格(戦略)と肉付け(事業での実践)が明確になり、サステナビリティが経営(会社)を動かす事業(筋肉)として育ってきたことを社会に広く提示でき、JFEグループの活動を加速させると期待しています。